清涼飲料水と水―その2―            中村 賢一


 ◇清涼飲料製造用水の水質の改良◇

 <水源>
 水源には井戸水,水道水,地表水(工業用水)があるが,清涼飲料工業で使用される製造用水の水源は,井戸水や水道水が多い。大規模工場では井戸水,都市部中・小規模工場では水道水を使用する場合が多い。第5表に各原水の特徴 11)を示した。

       第5表 原水の種類と特徴

種類濁度シリカFe/Mn水温残留塩素
市水2度以下5〜20ppmFe:0.3ppm以下
Mn:0.05ppm以下
2〜27℃
工水5〜10度10〜30ppm少ない2〜27℃
井水1〜5度20〜70ppm比較的多い15〜20℃

 井戸水の特徴は,年間を通じて水温に変化がないこと,雨水や地表水が地下浸透していく間に濁りや細菌類がろ過や吸着作用により除去されるため,一般に清澄であることなどがあげられる。その反面,一般の地表水に比較して,鉄,マンガン,硬度,アルカリ度などが高い場合が多い。
 なお,地下水の水質について特に注意を要する点は,ドライクリーニングや金属類の脱脂洗浄剤として,あるいは溶剤として多く使用されているトリクロロエチレン,テトラクロロエチレン,1,1,1-トリクロロエタンなどによる汚染であり,これらについては十分の監視が必要である。(第2図)に地下水の水質変化の概念図 12)を示した。
 日本の水道水は,水質および衛生面からそのまま飲用できる水である。しかし清涼飲料の製造用水としてみた場合,目標とする製品に適合したより高度な水質に改良する必要がある。

 <水質の改良方法>
 代表的な改良方法(技術)と除去可能な不純物の関係の概略 11)を第6表に示した。以下に水質の改良方法の主要なものについて簡単に述べる。

       第6表 代表的な処理技術と除去不可能な不純物

処理技術前処理脱塩処理精密濾過脱ガス殺菌
項目凝集沈殿凝集濾過砂濾過活性炭吸着イオン交換樹脂(IEX)電気透析(ED)逆浸透(RO)電気式脱塩(GDI・EDI・CDI)精密濾過(MF)限外濾過(UF)脱炭酸(ストリッピング)脱気(膜・真空)UV(254)UV(185)オゾン(O3)
濁度・SS-------
色度---------
臭気-----------
油分-------------
界面活性剤------------
有機物------
---------
マンガンMn砂○Mn砂○--------
重金属----------
イオン類-----------
溶解性シリカ-----------
コロイダルシリカ-----------
CO2-------------
DO--------------
バクテリア---------
病原性微生物-----------
THM(前駆物質)------------
THM-------------
有機塩素化合物------------

      ○:除去可能  △:一部除去可能

(1)凝集沈殿・ろ過方式
 アルミニウム塩や鉄塩を凝集剤として使用し,これを添加した時点で生ずる水酸化アルミニウムや水酸化鉄のフロックに,濁りや着色成分を吸着させ,沈降分離し,ろ過する方法で,濁りや着色成分等の除去に有効な処理方法である。
 この凝集反応は,原水のpHに影響を受けるので,凝集沈殿・ろ過を効率よく行うためには,原水中で凝集反応が起こりやすいpHに調節する必要がある。(第3図)に凝集沈殿生成とpHの関係を示した。
 この方法は,高度な水質基準を持った用水を得るための高度多投ろ過処理等の前処理として欠かせない操作である。凝集剤の反応例を次に示す。

 1)硫酸アルミニウムの反応
    Al2(SOч)э18H2O+3Ca(HCOэ)2=2Al(OH)э+3CaSOч+6CO2+18H2O
    Al2(SOч)э18H2O+6NaHCOэ=2Al(OH)э+3Na2SOч+6CO2+18H2O
    Al2(SOч)э18H2O+3Na2COэ=2Al(OH)э+3Na2SOч+6CO2+18H2O
    Al2(SOч)э18H2O+3Ca(OH)2=2Al(OH)э+3CaSOч+6CO2+18H2O

 2)硫酸第一鉄の反応
    FeSOч7H2O+Ca(HCOэ)2=Fe(HCOэ)2+CaSOч+7H2O
    Fe(HCOэ)2+Ca(OH)2=Fe(OH)2+CaCOэ+2H2O
    FeSOч+Ca(OH)2=Fe(OH)2+CaSOч

(2)膜処理 11)
 膜処理技術は,水処理の分野で,除濁,固液分離,脱塩,濃縮の操作として数多く使用されるようになった。これらに使用される膜も,精密ろ過膜(MF),限外ろ過膜(UF),逆浸透膜(RO),電気透析膜(ED)等多種のものがある。第7表に膜分離プロセスの概要を駆動力,相変化,移動物質の点から示した。ろ過膜については,除去対象物質の大きさによって(第4図)に位置付けし,また,水処理での除去対象と操作圧力を第8表に,(第5図)に各操作法による除去対象物を模式化して示した。
 実際のオペレーション結果として,水道水での処理例を第9表に,井水での処理例を第10表に示した。なお,RO膜の分離特性をポリアミド系複合膜について第11表に示した。

       第7表 膜分離プロセスの概要

プロセス名称稼動力相(相変化)移動物質
透析拡散透析濃度差液-液(無)溶質(選択透過)
電気透析(ED)電位差イオン
濾過精密濾過(MF)

圧力差
液-液(無)溶媒、溶質
限外濾過(UF)溶媒、溶質(低分子)
逆浸透(RO)溶媒
ガス分離気-気(無)ガス(選択透過)
蒸留膜蒸留液-気-液(有)溶媒(選択透過)
透過気化(パーベーパレ―ション)温度差
抽出液体膜(膜抽出)親和力差液-液(無)溶質(選択透過)

       第8表 濾過膜の除去対象と操作圧力

膜種類水処理での除去対象操作圧力の目安膜性能の表示
精密濾過(MF)懸濁物、細菌<0.1MPa孔径
限外濾過(UF)懸濁物、細菌、(高分子物質)0.02〜0.3MPa
(除濁では<0.1MPa)
分画分子量
ナノ濾過(NF)低分子有機物、多価イオン(軟化)0.3〜1MPa2価イオン等の除去率*
逆浸透(RO)イオン、低分子有機物(脱塩)脱塩では0.5〜3MPa
海淡では5.5〜9MPa
NaClの除去率

        *)「除去率」は「阻止率」「排除率」との表現もある。ROでは「脱塩率」ともいう。

         第9表 RO水質例-1(水道原水は汚染の進んだ湖沼水)

装置概要A工場原水*運転期間水回収率前処理
水道水約3年80%凝集砂濾過

         A工場のRO水質(単位:特記あるもの以外はmg/l)

水質項目初期3年後除去率
供給水処理水供給水処理水初期3年後
濁度(度)
色度(度)
pH(-)
電気伝導率(μS/cm)
総アルカリ度as CaCO2
塩素イオンas Cl
硫酸イオンas SOч
溶性ケイ酸as SiO2
総硬度as CaCOэ
カルシウム硬度as CaCOэ
ナトリウムas Na
カリウムas K
蒸留残留物
<0.5
2
7.1
413
37.0
67.1
45.7
2.8
78.8
46.2
28.6
6.0
227
<0.5
<1
6.0
9.8
3.6
0.7
<0.4
<2
0.3
0.2
1.2
0.1
<10
<0.5
1
6.0
338
10.0
46.2
74.4
14.3
44.2
29.8
32.2
4.8
202
<0.5
<1
5.6
24.7
4.4
3.1
1.4
1.5
0.9
0.5
3.7
0.3
14
-
-
-
98
90
99
≧99.1
-
99.6
99.6
96
98
≧95
-
-
-
93
56
93
98
90
98
98
89
94
93

         第10表 RO水質例-2(水道原水は汚染の進んだ湖沼水)

装置概要B工場原水運転期間水回収率前処理
井水約2年80%砂濾過

         B工場のRO水質(単位:特記あるもの以外はmg/l)

水質項目初期3年後除去率
原水処理水原水処理水初期2年後
濁度(度)
色度(度)
pH(-)
電気伝導率(μS/cm)
総アルカリ度as CaCO2
塩素イオンas Cl
硫酸イオンas SOч
溶性ケイ酸as SiO2
総硬度as CaCOэ
カルシウム硬度as CaCOэ
ナトリウムas Na
カリウムas K
蒸留残留物
<0.5
1
7.0
181
35.0
11.3
21.5
14.4
60.2
42.6
6.1
0.9
125
<0.5
<1
5.5
5.4
1.8
<0.1
<0.4
0.1
<0.1
<0.1
0.5
<0.1
<10
<0.5
1
6.7
184
35.6
10.4
22.2
16.7
62.0
43.2
10.0
1.3
114
<0.5
<1
5.5
7.0
2.0
0.1
<0.4
0.3
0.1
<0.1
0.7
<0.1
<10
-
-
-
97
95
≧99.1
≧98
99.3
≧99.8
≧99.7
92
≧89
≧92
-
-
-
96
94
99
≧98
98.2
99.8
≧99.7
93
≧92
≧91

         第11表 RO分離特性(ポリアミド系複合膜)
         (一般的な用水での水回収率75%での除去率)

重金属除去率(%)
水銀Hg99
Pb99
クロムCr99
カドミウムCd99
ヒ素AsAs3+85,As5+99
Cu99
Fe99
マンガンMn99
亜鉛Zn99
アルミニウムAl99
シアンCN97
陽イオン-除去率(%)
ナトリウムNa95
カルシウムCa99.5
マグネシウムMg99.5
カリウムK95
アンモニア性窒素NHэ-N95
陰イオン-除去率(%)
塩素イオンCl99
硫酸イオンSOч99.5
硝酸性窒素NOэ-N97
亜硝酸性窒素NO2-N97
フッ素F98
重炭酸HCOэ90
ケイ酸(シリカ)SiO299

 <水質の改良システム>
 上述したように,高度の水質を持った水を得ることが,消費者のニーズにマッチした優れた製品を製造するためにきわめて重要である。そのためには,精密な水質分析を行い,どの水質項目を改良すべきかを把握しなければならない。水質の改良においては,一操作だけですべての水質項目について改良することはできない。したがって,数種の操作を組み合わせて処理することになるため,改良すべき水質に最適の水処理設備を工夫する必要がある。この処理を高度化し,より高度の水質水準と処理の確実性を持たせた処理方法を構築し,多段ろ過水処理システム(Multiple Barrier System)と呼称しているところもある。

(1)改良方法の流れ  清涼飲料の製造用水は,原水をそのまま使うことはなく,必ず何らかの処理をされてきている。その処理方法は,当然のことながら,その時々の主力製品に適した方法である。
 (第6図)は,過去45年間の各種飲料の生産量の推移を示したものである。この図より明らかなように,コーヒー飲料,茶系飲料が出てくるまでは炭酸飲料そして果実飲料が中心であり,製造用水もこれらに適した処理がなされていた。すなわち前者は,いわゆるStandard Cbemical Process といわれる凝集沈殿・ろ過を中心とした処理であり,後者は,イオン交換処理水(缶詰ジュースの缶内面よりスズが製品中に異常溶出しこれが原因で集団食中毒事件が発生。この防止対策として缶ジュース生産工場に製造用水のイオン交換樹脂処理が義務付けられたため)であった。
 コーヒー飲料および茶系飲料の生産が増大するにつれて,コーヒー飲料の沈殿防止また茶系飲料の濁り・沈殿の発生防止のための水処理が必要になり,このための装置が設置されるようになった。

(2)水処理システムの例
 欧米で一般に行われている方法は次のようなものである。
 必要最小限の水質の改良は,アルカリ度の低減,凝集,塩素処理,砂ろ過,そして活性炭処理である。もしこの処理で水中の総可溶性固形物量が基準値以下にならない場合は,更に特別な処理が必要となる。この特別な処理とは,蒸留,電気透析,逆浸透等である。

 (原水の規格)
 ・国が定めた「飲用適の水」の規格に従うこと
 ・微生物数:大腸菌群 0/100mg、生菌数300以下/1mg

 (処理水の規格)
 ・透明で濁り懸濁物,沈殿物のないこと
 ・無色,無味,無臭
 ・砂ろ過後の水の塩素量 6〜9ppm
 ・活性炭処理後の残留塩素はないこと
 ・アルカリ度 85ppm以下
 ・鉄 0.2ppm以下
 ・総可溶性固形物量 500ppm以下
 ・微生物数:大腸菌群 0/100ml、酵母 0/20ml、 生菌数 25/mg

 (システムフロー例)
 イオン交換方式:前処理→砂ろ過→活性炭塔一カチオン塔→貯水槽(←塩素)→脱塩素器→マイクロフィルター→製造ラインへ

 RO方式:前処理→活性炭塔→RO膜→貯水槽(←塩素)→脱塩素器→マイクロフィルター→製造ラインへ

   ◇お わ り に◇

 昭和58〜59年に,ヒトの飲水量の調査を,都内某大学の食品化学科と栄養学科にお願いしたことがあった。都内の男女学生3,617人を対象として,四季にわたる調査の結果,1人1日当たり平均飲用量は1,175mlで,一般に言われている1人1日当たりの飲用量1,200mlとほぼ同値を示したとのことであった。
 第1表より明らかなように,ここ数年の清涼飲料生産量は,年率数%の増加は見られるが,これは自然増ではなく,刺激があってのことである。例えば,製品面では,蜂蜜飲料の流行,ニアウオーターの急成長,容器関係ではPETボトルの普及であり,これらがなければ生産量は横ばい状態であったように思われる。
 このことは,清涼飲料が単にのどの渇きをいやすためのものだけであったなら生産量に上限があることになる。これを成長させるためには,市場への何らかの刺激が必要である。少々目先の変わった新製品では,たとえヒット商品となってもせいぜい2年の寿命である。
 今後は,清涼飲料の購買層だけでなく,新たな購買層をつくりだせるような商品開発が必要であろうと思う。このためには,更なる水の研究が必要であろうと思う。

   ◇参 考 文 献◇

1)食品保健研究会編:わかりやすい食品衛生の手引き,(2001)新日本法規
2)全国清涼飲料工業会・日本炭酸飲料検査協会監修:改訂新版ソフト・ドリンクス(1989)光琳
3)P.R.Ashurtet al∴Production and Packaging of Non-Carbonated Fruit Juices and Fruit Beverages 387(1995)
4)奥脇義行:食品と容器 42 444(2001)
5)川井英雄:食品と容器 42 698(2001)
6)金子光美監訳:飲料水の微生物学(Drinking Water Microbiology)279(1992),技報堂出版
7)岡山県ホームページ:http://www.prer.okayama.jp/hoken/crypto.htm
8)全国清涼飲料工業会・日本炭酸飲料検査協会監修:新版ソフト・ドリンクス(1981)光琳
9)J.G.WOODROOF et al.:BEVERAGES;Carbonated and Non-Carbonated 133(1981)AVI
lO)アクアス(株):ビバリッジ ジャパン No.146 77(1994 2月)
11)荏原製作所:内部資料
12)丹保憲仁・小笠原紘一:浄水の技術 202(1998)技報堂出版