■第十三話「フレーバリング」 |
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テレビの画面を横目で見ているときのことであった。野生動物の親子が食事中の光景である。ナレーションによれば、子が親に食べてよいものとそうでないものを教えているのだという。ここで、親の好みは子に伝わらず、好みについていえば、親は親、子は子の世界であり、このことが種族存続を確かにしているという。これは生活の知恵であるとのこと。ここで、ふと思い出したことがある。
1980年代の初めのこと、韓国で一和なる宗教団体が、日本でいう麦茶に砂糖を加えて炭酸ガスを圧入した、加糖麦茶炭酸飲料ともいうべきものをつくり、「McCol」(メッコール)なる商品名で導入、大いに売れたことがあった。これは、日本でも、1986年頃、株式会社ハッピーワールドにより製造販売(初めは製品輪入)されたが、この類似製品を韓国のコカ・コーラグループでも市場に導入することとなった。
韓国市場の新製品開発は、当時、日本コカ・コーラ社の管理下で行われていたので、早速、この砂糖入り麦茶炭酸飲料の試作品をつくり韓国コカ・コーラ社に送った。日本人にとって馴染み深い麦茶がベースであったため、この試作品は比較的容易にできあがり、日本市場にある韓国の製品にも劣らないことを消費者パネルでの嗜好調査により確かめた上、自信を持って韓国に送った。しかしながら、予想に反して韓国での評価は思わしくないもので、この試作品は、有意差を持って、好まれないということであった。幾度か試作を繰り返したが結果は同じであった。
コカコーラ社の製品開発システムは、新製品を市場に導入する場合、その製品が、消費者パネルを用いた嗜好調査で、競合するであろうと思われる製品より好まれる製品であることを証明する必要があった。このため、私自身が現地で開発の指揮を執ることとなった。
現地の二人の韓国人開発スタッフとの今までの消費者による嗜好試験結果の検討の過程で、競争相手の製品中にはあるが、われわれの試作品の中には存在しないと思われる香味があることに気付いた。この香味を文章にするのは困難であるが、この香味がないと、この加糖麦茶炭酸飲料を韓国人は良いとしないもののようであることがわかった。
この独特の香味を付与すべく色々な試みを行った。麦茶の種類、焙煎度、抽出方法、抽出条件、その他の植物材料の使用等いろいろと検討してみたが、何れも思わしくなく、結局、フレーバーを利用することにより目的を達成することができた。この間一週間以上を費やしたが、毎日、二人の韓国人スタッフの香味に対する反応を見ながら韓国人の好みを知ろうと努力、終日、試作品の飲み比べ、一人の韓国人のスタッフによれば、その飲用量は三人で毎日10リットルを下らず、その半分は私が飲んだとのことであった。
難行苦行の二週間ではあったが、ここから得たものは、韓国人消費者はこの麦茶炭酸飲料に対しある種の香味を期待していて、これが無いと嗜好も落ちるということであった。換言すれば、一和が「メッコール」にこの独特の香味を付与したために大変によく売れたということができる。この独特の香味は、われわれ日本人にはよくわからないが韓国人には好ましいと思わせるもので、これは韓国人特有なものであり、この民族の好む香味といってよいのではないかと思う。
これと同じことが、日本人にもいえるように思える。これはファンタグレープがよい例である。私が始めてファンタグレープに遭遇したのは、1955年(昭和30年)代、雀荘であった。雀荘は成人男子の世界であり、周囲を見渡すとあの特徴あるファンタ壜が林立していたものであった。この世代の男性すら好む味であったといえよう。また、私が現役であったころ、アトランタから来た外人に「日本人はなぜこんなにファンタグレープを飲むのか?」、「同じ東洋人なのに韓国、中国などではなぜ飲まれないのか?《と聞かれ困ったことがあった。誠にもっともな質問であったと思う。調べてみると、当時、日本でのファンタグレープの年間生産高は一億ケースを超えていて、全世界のファンタグレープの生産高の90%内外を占めていた。なぜ日本人はファンタグレープの味を好むのか?この答えをいただいたのは故小幡弥太郎先生からであった。先生が、北海道大学の教授であられたとき、研究室にお邪魔したときのことである。先生と先生がご造詣の深いフレーバーの話をしていたときに、「君、なぜファンタグレープが日本でよく売れるのか知っているか?」とのご質問をいただき、返答に窮していると、先生は「ファンタグレープには餡のフレーバーが有るからだ」とのお答えをいただいた。誠に至言で、なるほどと、改めてこの香味の特徴を認識したものであった。
近年、ファンタグレープの生産量はひところほどではない。その原因は、天然色素の利用にあると思う。使用しているぶどう果皮色素の主成分はアントシアニンである。この物質は若干の渋味様の味を持っている。この色素成分をぶどう果皮より抽出する工程中で、この色素の純度を上げなければ、渋味も少なくなるが、ぶどう果皮中の微生物成長促進因子様のものは多くなり種々の問題の原因となる。この両者のバランスをとったものがぶどう果皮色素製剤であった。これが僅かではあるがファンタグレープの香味に影響を与えているように思う。これを気になされずに愛用されておられる方も随所におられるようである。
日本の消費者の方々の特徴は、美味しいからといってなかなか飲んでいただけない。しかしながら、何か香味に問題ありと思われると、全く見向きもされないように思う。そこで、飲んでいただくためには、飲まずにはいられない香味を付与することであるように思う。これが、民族の好む味と考えている。これは、どのフレーバーにもあるのではないかと思う。これを探すのがフレーバーリングの究極の目的ではないだろうか?
この香味の好き嫌いに対する動物とヒトとの差、皆様どうお考えでしょうか?
出典:清飲通信(平成14年7月15日号に掲載)
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